大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和41年(行ウ)9号 判決 1968年12月27日

原告 荒木則夫 外六名

被告 市川宗貞

主文

被告は、飯能市に対し、金二五万円およびこれに対する昭和四一年一〇月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

(原告ら) 主文と同旨の判決および仮執行の宣言

(被告)  原告の請求棄却と訴訟費用は原告の負担とする

との判決

第二主張

(請求の原因)

一、原告らは飯能市の住民であり、被告は昭和四〇年八月から現在に至るまで飯能市長の地位にある。

二、被告は、昭和四一年五月二一日、飯能市長として小川工業株式会社との間に、終末処理場建設における前市長増島徳の功績を讃えることを目的として、同人の胸像および本処理場の開設に当つて前市長故増島徳先生の偉業を偲ぶ昭和四十一年五月飯能市長市川宗貞という文を浮彫りにした銘板(以下たんに銘板という)を金二五万円で製作供給させる旨の契約を締結して支出負担行為をなし、同会社をして製作された銘板を同年六月ごろ同市終末処理場管理棟正面入口壁にはめ込み設置させ、続いて同年一二月五日、同市収入役増島弥吉に支出命令をなし、よつて右金員は同会社に支払われた。

三、しかし、被告は、飯能市の昭和四一年度歳入歳出予算において何らの措置が講ぜられていないにもかかわらず、銘板の製作をあえて行なつたものであり、飯能市の公金を違法に支出したものである。

四、原告らは、同年六月二七日、飯能市監査委員に対し、監査を求め、同市のこうむつた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求したが、監査委員は同年九月二四日右請求を却下した。

よつて、原告らは地方自治法第二四二条の二第一項四号により飯能市に代位して被告に対し損害金二五万円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四一年一〇月二八日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を飯能市に支払うよう求める。

(請求原因に対する答弁)

請求原因三を除きその余の事実はすべて認める。

(抗弁)

一、銘板の工事費金二五万円は予算措置が講ぜられている。すなわち、右は、昭和四一年度当初の予算における飯能市下水道特別会計予算の歳出中の(款)1、事業費、(項)2、終末処理場費、(目)1、終末処理場建設費、(節)15、工事請負費七、三六〇万円に、さらにくわしくはそのうち国庫補助金の対象外の事業を行なうための単独事業分二六六万八、〇〇〇円のうちに含まれている。このことは次の事情により明らかである。

原告荒木でさえも、増島前市長の功労を認めており、同人を表彰することには賛成していたもので、予算審議当時誰もが増島前市長を顕彰するため、予算内で何らかの措置をすることは認容していたものであり、予算に入れて準備していたからこそ、昭和四一年三月議会における予算の可決後間もない同年五月に銘板が完成したものである。予算編成については、説明書に詳細に書くことは要求されていない。質問が出た場合に詳細に説明することになるが、最初からすべて書くことは技術的に不可能である。違法もしくは不当な支出というのはむしろ誰もが予想していない支出をいうものであり、本件のように、原告荒木でさえ功績を認めていたものに、金二五万円程度の装飾的要素をもつ額を作り、建物入口の壁にはめ込むことは、特に予算科目に明示しないまま工事請負費の中から支出しても違法であるとはいえない。たとえ顕彰的意味を含めても他の余り大きくない工事においてさえ、工事経過、功労者等をいわゆる銘板に書いてはめ込む慣行が存在し、このような時には特に予算上明示することなくいわば裁量的に執行するものと思われるが、少くとも裁量権の濫用にわたらない限り違法ではないと解されているから、本件の場合は当然予算内支出としてさしつかえないものである。

二、仮に昭和四一年度当初予算において、予算説明書では足りず、銘板の工事費が含まれているとは形式上認められないとしても、昭和四二年二月の臨時市議会において下水道特別会計の減額補正予算を審議した際、すでに銘板工事費金二五万円は単独事業分のうちから小川工業株式会社に支払われたことが議会において明らかにされ、その上で補正予算が可決されたのであるから、右可決により議会は銘板工事費が当初予算に入つていたことを確認したものである。又、右が当初予算に含まれていなかつたとしても、その補正予算の可決によつて、銘板工事費につき適法な予算措置が講ぜられ、これにより右支出行為は追認されたものである。

(抗弁に対する答弁)

抗弁一の事実中、被告が主張するように昭和四一年度当初における飯能市下水道特別会計予算の歳出中に款・項・目・節の目的と金額が掲げられていることを認め、その余は否認する。銘板の工事費は(節)15、工事請負費七、三六〇万円や、単独事業分二六六万八、〇〇〇円のうちに含まれてはいない。

被告は公金支出について長の裁量がおよぶと主張する。なるほど、地方自治法には、例えば長の専決処分に基づく支出、予備費の充当、費目の流用、弾力条項の適用等長の裁量を認めた規定がある。しかし、これらはいずれも法律上厳格に規定されているものであつて、この趣旨をこえて広汎に支出につき長の裁量を認めるものではない。そうでなければ予算制度は根本から覆えることになるからである。

抗弁二の事実のうち、昭和四二年の臨時市議会において下水道特別会計の減額補正予算を可決し、その審議の際銘板工事費金二五万円は単独事業分のうちから小川工業株式会社に支払われたことが議会で明らかにされたことを認め、その余の事実は否認する。

補正予算とは「予算の調整後に生じた事由に基づいて、既定の予算に追加その他の変更を加える必要が生じたとき………議会に提出する」(地方自治法第二一八条第一項)ものであつて、予算である以上、現実に公金を支出する以前に調整、提出、可決されなければならない。したがつて、昭和四三年三月三日補正予算の可決によつて昭和四二年一二月五日になされた銘板の支出が適法化されたり、市長の責任が免除されることはあり得ない。

第三証拠<省略>

理由

一、原告らが飯能市の住民であり、被告が昭和四〇年八月から現在に至るまで飯能市長の地位にあること、被告が昭和四一年五月二一日飯能市長として小川工業株式会社との間に終末処理場建設における前市長増島徳の功績を讃えることを目的とした銘板を金二五万円で製作供給させる旨の契約を締結して支出負担行為をなし、同会社をして右製作された銘板を同年六月ごろ同市終末処理場管理棟正面入口壁にはめ込み設置させ、続いて同年一二月五日同市収入役増島弥吉に支出命令をなし、よつて右金員が同会社に支払われたこと、原告らが同年六月二七日飯能市監査委員に対し監査を求め、同市のこうむつた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求したところ、監査委員が同年九月二四日に右請求を却下したことはそれぞれ当事者間に争いがない。

二、次ぎに、被告主張の抗弁について判断する。先ず、飯能市議会で議決された昭和四一年度当初予算である飯能市下水道特別会計の歳出予算において(款)1、事業費、(項)2、終末処理場費、(目)1、終末処理場建設費、(節)15、工事請負費という科目が区分されており、右の(節)15、工事請負費には金七、三六〇万円が計上されており、そのうち国庫補助金の対象外の事業を行なうための単独事業分金二六六万八、〇〇〇円が計上されていたことは当事者間に争いがない。次ぎにいずれも成立に争いのない乙第一、第三、四号証および証人油谷正治の証言によれば、飯能市長が昭和四一年三月一一日に議会に提出した昭和四一年度飯能市下水道特別会計予算案の歳出予算のうち、(目)1、終末処理場建設費のうち(節)15、工事請負費の説明書には曝気槽、沈澱池、機械と記入されているのみであり、昭和四一年度当初予算を議決するにあたり工事請負費のうち単独事業分二六六万八、〇〇〇円の使途ははつきりきめられておらず、したがつて、また、前市長増島徳を顕彰する銘板の経費もそこに計上されていないことが認められる。地方公共団体の予算は地方議会の議決を経て定められるもので、一会計年度における歳入歳出の見積を内容とし、歳出に関して支出の金額、目的、時期を限定する法規範の性質をもつものであり、歳入歳出の準則として地方公共団体の執行機関の行為を制限するものである。前記のように銘板は前市長増島徳の終末処理場建設における功績を讃えることを目的としたものであり、終末処理場建設とは直接関係がないから、その銘板についての予算がきめられていない以上、地方財政法第四条第一項の規定の趣旨からして、銘板の工事費を終末処理場建設費のうちの工事請負費から支出したことは、予算に定める目的以外に支出したものであつて、違法な支出行為といわなければならない。右の場合、市長に裁量の余地のないことは明らかであり、金額が二五万円であることも右判断を左右するに足りない。

三、なお、被告は昭和四一年度の当初予算において予算説明書では足りず、銘板の工事費が含まれているとは形式上認められないとしても、昭和四二年二月の臨時市議会において下水道特別会計の減額補正予算を審議した際、すでに銘板工事費金二五万円は単独事業分のうちから小川工業株式会社に支払われたことが議会で明らかにされ、その上で補正予算が可決されたのであるから、右可決により議会は銘板の工事費が当初予算に入つていることを確認したと主張するが、前記のように銘板工事費の支払が予算の目的外支出であることは明らかであり、当初予算に含まれていない費用を後に議会が含まれていたと確認するということはそもそも予算の法規範性を否定するものといわなければならない。又、被告は、補正予算の可決によつて銘板工事費につき適法な予算措置が講ぜられ追認されたと主張するが、昭和四二年二月の臨時市議会において下水道特別会計予算の減額補正予算を審議した際、議会が市長の右支出行為を追認したと認めるに足りる適当な証拠はなく、かえつて、前記成立に争いのない乙第三、四号証および証人油谷正治、同岩沢邦雄の各証言によれば、市長が右補正予算を議会に提出するに当り、自己の右支出行為につき追認を求めようとする意図が全くないことを議会において明言していたことが認められ、予算提出権は市長に専属する以上、その点審議の対象になつていないのであるから、銘板工事費が単独事業分のうちから小川工業株式会社に支払われたことが議会において明らかにされたことは当事者間に争いないところであるけれども、右事実を認識しながら議会が同補正予算を可決しても市長の右行為を追認したということにはならないのである。さらに付言するならば、そもそも、補正予算は当初予算に変更を加える必要が生じた場合になすものであり、これによる支出もあらかじめ議会の議決を経ていなければならないものであつて、もし現実に公金を支出した後に補正予算による議会の追認を受けると市長の支出行為は適法化されるとするならば、地方公共団体の執行機関の財務行為は恣意的なものとなつて、予算を定めるには議会の議決を要することとし、地方公共団体の執行機関の財務行為を拘束しようとする予算制度の目的は失われてしまうことになるのであつて、さような見解は到底採用し得ない。

四、以上のとおりであるから、被告が銘板の工事費二五万円を終末処理場建設費から支出したことは予算の目的外支出として違法な行為であり、右行為によつて飯能市に右と同額の損害を与えたものというべきである。したがつて、被告は損害を補填するため飯能市に対し、金二五万円およびこれに対する本訴状送達の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四一年一〇月二八日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

それゆえ、原告らの本訴請求はすべて理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言の申立は相当でないからこれを却下する。

(裁判官 堀部勇二 鹿山春男 安斉隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例